• 安田ヨウコ

線を引いて「はっ」としたこと

病気になってからというもの、何か行動するときに、ほんとは自分はどんな気持ちなのか、ほんとは自分は何がしたいかを確認するようになった。


今までだってそうしてきた、と思っていたけれど、実は自分の気持ち(心の状態)をずいぶん無視して行動していたんだな、ってことに気づいたのだ。

基本的にしたいことを仕事にして何年も生きているのに!それにも関わらずだ。


私は自分の気持ちなんかどうでもよくて、自分がしようとしている事さえできたらいいのだ。そのように行動してきたのだ。と気づいたときには愕然とした。

仕事が好きだった。達成感があった。努力や進歩もあった。

けれど、その時々で、私は本当に自分の心の様子を受け止めていただろうか?

と言われると、自信がない。


自分が達成したいことのために、自分の心を無視するというのはかなり矛盾している。


そこらへんは自己免疫疾患っぽいな!うんうん!と勝手に考えて、では、ほんとうの気持ちはどうなのかな?と、観察するようになったのだ。


すると、単純な動作でも、同じことでも、したい時、したくない時、があるのだった。

お茶碗を今洗いたいと思う時、今はそれよりもコーヒーを飲みたいと思う時がある。

お昼になったからごはんを「食べなきゃ」と思っているが、ほんとうはちっとも食べたくない時がある。


できるだけ「したい」と思うことをするようにした。

最近、デッサンを勉強したいと思って、本を見たりしながら時間があるときに練習している。

東京タワーの絵を描くのが好きなのだが、なかなか思うように描けないから、きっとデッサンを学んだらもっと上手にかけるのではないかと思って、少しずつ。。。


絵を教えてくれるネット講座を見ていたら、「線を描く」というところから始まっていた。

水平線、垂直線をフリーハンドで書いたりする。次に、点と点を結ぶという課題があった。


点を二つ描いて、その間を鉛筆で行ったり来たりエアーでなぞる。そして、心の準備ができたら実際に線で結ぶ。という練習。


(エア―でなぞらずとも、点と点を結ぶなんて簡単にできるに決まってるだろー!幼稚園児じゃないんだから!)と思っていた。

ところがだ、やってみたら、なかなかこれが難しい。

そしてとても面白い。簡単だと思ったことがこんなに難しいとは!(笑)


線を引くことを、何度も繰り返していると、どこらへんで、なぜどのように線の方向が狂うのかがわかってきた。


それは気が散る時。


はっとした。

「気が散る」ということは、ずっと謎に思っている現象である。

線を引きながら「気が散る」を観察する。

描けても、描けなくても、それが面白い。

つい、今ここから、ふと意識が離れる瞬間がある。興味深い。

そして、私の心はとても満足しているようだ。

たったそれだけの事で。


実は、私は小さなころから絵を描くのが好きだった。

けれども、美術の専門学校に進むのには家の人に迷惑をかけるくらいのお金がかかった。それに普通校に行かない勇気がなかったし、いくら好きでも絵なんか勉強しても生きていけないと思い込んでいた。

それで、絵の道はやめてしまった。つまり、自分はそれほど絵をかきたくないのだと結論づけていた。それぐらいしか情熱や根性がなかったのだ。本当に好きなら、働いてからでも描けたはず。普通校に入ったって、紙と鉛筆さえあればいつでも描けたのに、そうしなかった。だから、諦めたのではなくて、それほどのことではなかったのだ、と。


美術の勉強をしたいと親に言うために、中学校三年生の時、一人で美術の予備校に見学に行った。するとそこは心が躍るようにわくわくする場所だった。ここに通いたい!って思った。

受かるかどうか受けてみればよかったのに。

それじゃなくてもたくさん道はあったはず。

結局、その気持ちを私は自分で無視してしまったのだ。その後、普通の高校に進んで、他のいろいろなことに興味をもつようになって、絵のことは忘れてしまった。


今の私は、線を引くことが楽しい。

線が思うようにひけたらいいなと思う。

そして、デッサンが上手になったらいいなと思う。

そう思うと、少し心がわくわくする。心が踊り出すわけではないけれど、少しだけステップを踏んでいるのがわかる。

自分の心を無視していないのがすごくいいと思う。

それに「気が散る」のことを研究できそうで、それもまたわくわくする。



*写真は退院してから書いたシルエットの東京タワー

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